京都仁王門上ル下ル

伝統の技と感性でつくりあげる雅やかな京人形の老舗【田中人形】


田中人形の先代社長は私の剣道の恩師です。
現社長と専務のご兄弟とは小学校の頃から
毎日のように道場でともに汗を流しました。

印象的なCMソングで今も人々の記憶に残る人形店

平安光義の名で京人形の技術を19代にわたり守り続ける「田中人形」。
関西方面ならば、「三条(さんじょ)東山、田中人形」のフレーズを、京の数え唄にのせたCMで覚えている人も多いだろう。
田中人形は現在、兄の田中義高さんと、弟で19代平安光義を継承する義則さんが中心となって暖簾を守る。
取材に訪れた昨年師走には、店先に晴れやかな羽子板が飾られ、雅やかな雛人形は1、2階にビッシリと並び、暖簾をくぐるだけで春の訪れを感じられた。
七段飾りの雛人形

立雛に定評のある技術を19代にわたって継承

京都府の伝統工芸品に指定される京人形は、頭、髪付、手足を分業で制作し、仕上げは着付け師と呼ばれる職人が行う。
平安光義は着付け師の名跡。天正年間から継承し、人形をつくる際の意匠計画も担ってきた。雛人形や五月人形のほか、古代風俗人形と呼ばれる舞妓や舞踊家の人形も手掛け、とくに京都府下では2,3軒しか残っていないという古代風俗人形の技術は、立雛にいかされているという。
ずらっと並んだ立雛
立雛といえば平安光義といわれるその鑑賞ポイントを田中義高さんにうかがった。

インタビューに答える田中義高社長
田中義高社長

「まずは〝襟巻〟をご覧になってください。何枚も重ねた衣の胸元がスッと下まで伸びているのが見て取れると思いますが、こういう着付けに座り雛の職人とは違う古代風俗人形の技術が反映されています。
そして、足と肩の位置にも注目してください。内側に向いているでしょう。
これも古代風俗人形で、立ち姿の美しさを追求しているから出来ることなんですよ。
体はやや内側に向き、目線はしっかり正面にある。これが私どもの手掛ける立雛の特徴のひとつですね」。
立雛(女雛)
どの人形も見惚れるほど美しく、男雛は男らしい胸の張りをもたせ、女雛はやわらかなラインを巧みに表現している。
聞けば、この美しさは、着付けの時に指先をほんの数ミリ動かしながら調整していくのだという。
言葉や数字では表現できない指先の感覚で、今も京物と呼ばれる人形は作られている。
立雛の胸元
高い技術や鑑賞品としての価値は誰もが認めるところだが、伝統工芸の業界全体が抱える継承問題は、京人形とて例外ではない。
ここ20年で20社ほど関連企業が撤退したという事実は重い。
田中人形は、弟の義則さんが大学卒業後の語学留学を経て、名跡を継いだ。後にはご子息も控えているという。
これからも末永く京人形を守り続ける必要性を、義高さんはこう語る。
「もしも、受け継がれなくなって一番惜しまれるのは、技術でしょうね。技術は一旦途絶えてしまうと復活することは容易ではありません。京人形には、長い年月をかけて磨き上げてきたものがありますから、それが失われないように今の生活に合うような提案を模索していきたいですね」。

地域の子ども達の人間教育に剣道で尽力した先代

田中人形の先代義一さんは、人形店の仕事に精を出す一方で、剣道を通して地域の子ども達の人間教育にも深く関わった。
今でいうところのサッカー教室のように、当時の京都の子どもの多くは道場に通ったそうだ。
京都府下の強豪道場のひとつに義一さんが運営する「無心館」があった。
趣味の範疇を超えていたのは、自社ビルの1フロアに道場を開いたことでもわかる。
近隣の子ども達の多くが門戸を叩き、田中さん兄弟はもちろんのこと、当時の小中学校生が、礼儀に始まり礼儀に終わる武道に多くのことを教わった。
義一さんを恩師と慕う人は少なくない。厳しい精神修行を経て大人になったかつての子ども達が、今の京都を守り続けている。
田中義高社長

(構成・文/古都真由美 写真/からふね屋 古都真由美)

田中人形
住所:京都市左京区東大路通三条上ル東門前町528
電話:075-761-4151
URL:http://www.tanaka-ningyo.co.jp/
営業時間:9時~19時(5/6~12/31は18時まで)
定休日:1/2~5/5は無休

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印刷の悉皆屋

印刷の悉皆屋

悉皆屋(しっかいや)とは、古くから呉服業界にある職種で、簡単にいえば着物のプロデューサー兼コーディネーターです。 悉皆屋は、織屋や染物屋などを傘下に、お客様からの注文を一手に請け負っています。京都では着物産業がおおいに発達し、高度な技術が特化され分業化した結果生まれた職種です。

からふね屋もまた創業時の木版印刷・活版印刷の頃から、お客様のいろいろなニーズに対し、優れた印刷技術や加工技術を持つ様々な協力会社をはじめ、時にはデザイナー・カメラマン・イラストレーターなどクリエイターの方々とのネットワークで対処し、常にご満足いただけるよう取り組んできました。

そして現在も「温故知新」をモットーとして積極的にIT化にも取り組み、印刷製作とともにウェブサイト・ECサイトの構築や電子書籍・電子カタログ製作をワンストップサービスで提供するなど時代に合わせながら、お客様にとって役に立つ会社を目指しています。

からふね屋の由来

弊社は、大正10年(1921年)京都市中京区先斗町三条下る(現在の先斗町歌舞練場北隣)に「唐舟屋印刷所」として創業いたしました。 その後、昭和5年(1930年)に現在の地に営業所と工場を移転、さらに昭和29年(1954年)に株式会社からふね屋と改組し、今日にいたっています。

「からふね屋」という名前の由来は、当時画家として、また図案家(今でいうグラフィックデザイナー)としても人気の高かった竹久夢二が京都に在住していた時期、彼と親交のあった弊社初代社長堀尾幸太郎が、夢二の絵に描かれていた屋号から名前をいただいたと伝え聞いています。 事実、夢二の絵の中には行燈や看板に「唐船屋」あるいは「からふねや」と描かれた絵が数点あります。 また創業当時から使われている弊社の「船マーク」も、当時の出版・印刷事情にくわしい方から、夢二のデザインである可能性が高いとご指摘いただいています。

からふね屋の由来
会社概要

会社概要

商号 : 株式会社からふね屋(KARAFUNEYA Co.,Ltd)
創業 : 1921年(大正10年)
設立 : 1953年(昭和28年)1月22日
代表取締役 : 堀尾武史
資本金 : 2500万円
従業員 : 4名(2019年6月現在)
取引銀行
滋賀銀行 東山支店/京都銀行 四条支店/三菱UFJ銀行 聖護院支店

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