地元に住んでいても絶対一度は見逃してしまう
路地裏の小さなお店ですが、家飲み用を中心とした品揃えは
ワイン好きならきっと常連さんになってしまうようなお店です。
いい個人店があるから京都で出店しようと決めた
建物が途切れたわずかな隙間に走る路地は、何とも謎めいている。
そのまま奥へ入ってみようか、それともやめようか。そんな逡巡を、通りに立てかけた「仔鹿」の小さな看板がはらってくれる。
「仔鹿」は、地元の人でもすぐにはピンとこない新麩屋町通の路地に、2017年12月にオープンしたワイン専門の酒販店。家で気軽に飲める2,000円代の銘柄を中心に扱い、高級感やブランドに目を向けがちなワインの世界にも、ざっくばらんにつきあえる面子がいることを教えてくれる。
オーナーは東京から移り住んで来た室原卓弥さん沙采さん夫妻だ。
ともにワイン商社で働いていたが、業者に販売するのではなく、直接消費者に届けたいという思いが高じて京都で開業することになった。
京都で開業といっても二人は府外の出身。卓弥さんは京都大学文学部に籍を置いた4年間を京都で暮らしたが、沙采さんにいたっては縁もゆかりもない。
そんな二人が京都を出店地に選んだのは「いい個人店がいくつもあったからです」と卓弥さん。
物件を探す中で訪れた仁王門界隈では、自分たちの趣味に合う店や子供と母親がのどかに遊ぶ姿があった。「この辺りいいね」、二人の意見はすんなり一致した。
流行に沿わなくても1本1,000円のワインをすすめる理由
店内にワインセラーは置かず、店ごと冷やして約60銘柄を管理している。
ワインのラインアップは、「オーストリアとフランスのロワールのものが増えてきましたね」と二人。
「オーストリアは各家庭の裏庭にぶどう畑があって、漬物をつくるような感覚でワインをつくっていたようです。首都ウイーンも都会でありながら、ぶどう畑と森に囲まれていて、そんな環境が味にも出ていますね」と卓弥さんは話す。
ロワール地方のワインは、現地での流通量も多いそうだ。「スーパーやビストロでたくさん見かけます。ある意味フランス人の味覚に一番近いワインと言えます」。
生ハムやチーズを買い揃え、今日は家でワインでも飲むか、そんな気分の時にすすめるのだという。
もっと日常的に、何なら手近なスナック菓子で気軽に飲めるとすすめるのが1,000円のポルトガルワインだ。
家飲み用に何かないですか、と来た客にもこれを差し出す。「ビオワインや生産者をクローズアップする最近の傾向と逆行する、いわゆる安酒なので、ワイン通には馬鹿にされるかもしれませんが(笑)、微発砲したビールのような喉越しをコップでガブガブ楽しめます。
僕はこれが本気で美味しいと思っているのでおすすめしています」と卓弥さん。そこにセールストークや建前はない。
2階にはコーヒーと読書を楽しめる屋根裏風カフェが
店の一角には、リノベーション前の民家の名残をとどめる急階段が掛かっている。
靴を脱いで上がった先には、コーヒーと読書を楽しめる天井の低い部屋があった。棚に並ぶのは二人の蔵書。非売品がほとんどだが、100円で売り出しているものもある。
コーヒーは、二人が普段飲んでいるものを提供。ハンドドリップで淹れたコーヒーを片手に、1階でワインを品定めすることも可能だ。
1990年、91年生まれの二人が営むワイン店はまだ始まったばかりで、他店と共催するイベントや口コミでファンは増えているものの、ドッと押し寄せるまでには至っていない。が、そもそも路地で店を始めた二人にとって、繁盛店がゴールではない。「スケールの大きなお金の動きについていくのは大変なこと。もっと自分たちでコントロールできる中に身を置きたい」。東京を去った理由を尋ねた時の卓弥さんの言葉が印象的だ。
住まいから店へは二人仲良く自転車通勤だ。鴨川沿いを走るたびにトンビや鷺に目がとまり、カラスは毎日水浴びすることも知った。「ここは暮らしやすいですね」と沙采さん。取材中、何度も顔を見合わせ微笑み合う二人には、自分たちで舵取りをしながらコマを進める今の暮らしへの充足感が、ありありと見られた。
(構成・文/古都真由美 写真/からふね屋 古都真由美)
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