「知る人ぞ知るスゴイ修理工場だと
以前から聞いていたんですが、
今回お話をうかがってその言葉の意味がわかりました」。
先代は鬼才も注目したオートレーサーとして活躍
一代で世界に冠たる企業を築いた本田宗一郎氏(1906~1991)は、オートバイの技術向上に繋がるヒントがあれば、相手が誰であれ、本人に会って直接話しを聞きに行ったそうだが、そんな本田氏が関心を寄せたオートレーサーが、ここ仁王門にもいたことをご存知だろうか。
その人物とは、東大路仁王門下ル東側に、「松村モータース」と大きく掲げる修理工場の2代目、松村晃氏である。
1919年(大正8)生まれの晃氏は、店を継ぐまでオートレーサーとして活躍。
現役当時は、バイクの修理を選手自身が行う時代で、晃氏はライダーとしての実感をもとに自分でマシンを調整、立て続けに勝ち星をあげた。
ハンデ戦でも勝利し、オールスターにも度々選出されるその能力に関係者の多くが注目したのだろう。
現在、店を継いでいる3代目松村栄氏は、当時の様子を父親との会話を思い出しながらこう振り返る。
「父はレースに絶対勝つという明確な目標を持っていて、とにかく研究熱心でした。
そうこうしているうちに早く走れるコツを掴んで、あの本田宗一郎さんに『なんでそんなに早いんや』と言われたこともあったと話していました」。
技術に対する高い評価は引退後も続き、松村モータースには、晃氏のもとで技術を学ぼうとする人が何人もオートレースの本拠地船橋(千葉県)から職を求めてやって来た。
また和製ハーレーダビッドソンを標榜した名車「陸王」の代理店も努めた。
バイクレースに出れば優勝しピアノも奏でたモダンな初代
松村モータースは、創業年を1919年(大正8)としている。
確かなものは残っていないそうだが、「父の生まれた年に、祖父が創業したと親族から聞いています」と栄氏は語る。
1887年(明治20)生まれの初代松村宇吉氏は、自動車の輸入販売を行っていた東京のエンパイヤ自動車に就職し、整備や販売を担当している。
どうして東京で就職したのか、なぜ自動車産業に進んだのかは、明らかになっていないが、この時の整備士としての経験は、第一次世界大戦下の外地でも活かされている。
京都で開業してからは、車の整備はもちろんのこと、販売も行った。
京都府庁に消防車を納入した記録写真も残されている。
当時、自家用車を購入できる層といえば、京都の百貨店の創業家や財閥系などに限られ、むろんオーナーがハンドルを握るわけもなく「祖父は運転手付きで販売していたそうですよ」と栄氏は話す。
時代の先端をいく車の販売が、宇吉氏をハイカラに染めていったのか、男の社交場で遊興にふけることもしばしばあったとか。
またどこで覚えたのか、松村家に初めてピアノがやって来た日には、両手でサーカスの定番曲としてお馴染みの唱歌『美しき天然』(田中穂積作曲、武島羽衣作詞)を家族の前で悠々と弾いてみせ、みんなを驚かせた。
プロのライダーとして活躍した晃氏の布石は、確実に宇吉氏の存在にあったといってもいい。
宇吉氏は、戦後初の大きなレースとして注目を浴びた「名古屋T.Tレース」(1953年開催)よりも前に、新愛知新聞社(現在の中日新聞社の前身のひとつ)が主催した「第一回オール日本T.Tレース」で優勝している。
栄誉を祝した純銀製のカップは、やや埃をかぶってはいるものの、今も事務所の片隅に、家筋を証明するかのように置かれている。
まもなく創業から100年、兄弟で家業を守る
現在の松村モータースは、栄氏と末弟の富男氏の二人で運営している。
富男氏は、幼い頃から自転車やバイクに触れるのが好きで、学校を出てからすぐに家業に入った。
根っからの技術屋だった宇吉氏は、かわいい孫の自転車の具合が悪くなっても、決して手を貸すことはなく、自分で修理することをすすめたという。
一方の栄氏は親譲りのスポーツマン。小学校の作文で将来の夢は「テストライダー」と綴っていた。
工場で修理を待つ車の中には、20年来メンテナンスを任されている高級クラシックカーもあった。
門外漢は、趣味の雑誌に掲載されそうな車種は、技術者のやる気をよりかきたてるような気がするが、栄氏は「車種によって修理にあたる気持ちが変わることはないですね」とすぐに否定した。
そして「お客様の予算の中で、どれだけ仕上げるかが修理業だと思います」と続けると、それはどんな仕事でも一緒でしょうねという言葉も加えた。
同業者数の減退や車離れがささやかれる現状から、修理業の将来も安泰ではないと話す栄氏と富男氏。
けれども、片隅にいくつも積まれた缶を指さし「これだけの種類のエンジンオイルを揃えているところは、なかなかないですよ」と目を細める姿には、信頼される修理業に従事してきた矜持と、およそ100年続く家業への誇りが垣間見られる。
油が爪の隙間に入り込んだ手が二人の何よりの仕事道具だ。
それにしても、外からでは町の修理工場としての顔しかわからない松村モータースに、大正から昭和にかけてモータースポーツに興じ、賭けた男たちのドラマが詰まっているなどとは、誰が想像できようか。
京都の繁華街から少し離れた仁王門は、思っている以上に逸話の詰まったエリアなのかもしれない。
[文・構成/古都真由美 写真/中塚政裕(からふね屋)]
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