「ここは僕が子供の頃からある喫茶店。
メニューは昔からカレーとコーヒーだけ。
それだけで、もう半世紀も続いているんですよ」
コックだった父が始めたカレーとコーヒーの喫茶店
仁王門通と東大路通の交差点角に立つ「喫茶ポッポ」は、石造りのビルの1階にある。
緑の日除けテントの色が差し込む店内には、5人掛けのカウンター席と、狭いスペースにどうにか押し込んだような2人掛けテーブルが2卓。
開業したのは50年ほど前。
マスターの佐々木伍郎さんの父である、勝二郎さんが始めている。
勝二郎さんは明治38年の生まれ。
生家は木屋町三条で料理屋を営み、西洋料理のコックの職を得てからは、京都の名だたるホテルや店で腕をふるった。
戦後は進駐軍のコックも努めたといい「子供の頃は、家に進駐軍からあずかっていたシェパードが6匹もいたんですよ」と、伍郎さん。
戦後の京都の一コマを今も記憶にとどめている。
定年を迎えた勝二郎さんは、今店があるビルの2階に住居を移し、その1階で店を始めた。
メニューは、カレーとサイフォン式のコーヒーのみ。
朝だけトーストもある。朝6時から夜9時まで営業し、オープンするとすぐにタクシーの運転手で満席になった。
「みんな常連さんでした。あの頃は、冠婚葬祭でタクシーを利用すると、運転手さんにチップを渡していたんですが、常連の運転手さんたちは、いつ頃からかそのチップをうちの店で貯めるようになって、誰のお金かわかるように、いただいたお札に自分の名前を書いてから、カラになったカレー缶に入れていました。
まとまった金額になると、カレーの匂いのするお金を持って、旅行か何かをしていたみたいですよ」。
愛犬のために昼の2時で閉店することに
伍郎さんは、若い頃は店の手伝いもそこそこに、一大ブームを巻き起こしたボウリングに熱中していた。
あれこれ調整しながら使いこなしたマイボールは13球。勢いよくピンを跳ね飛ばしながら、若さを謳歌した。体力は今も自信がある。
ここ数年は、お正月になると約46kmにおよぶ京都の十六社朱印めぐりをひとり徒歩で敢行。
授与されたお札は、定位置の天井から店を見守っている。
カレーは、今も勝二郎さんから教わった作り方を守る。
使うのは玉ねぎや生姜、ニンニク、牛肉などだ。「玉ねぎと生姜は必ず刻むように言われました。
他の切り方をしたり擦ったりすると、味が違ってくるんでしょうね。
カレー粉は父がコックの時から使っていたS&B。
「あの緑色の缶に、運転手さんたちはお金を貯めていたんですよ」。
ただひとつだけ、時代に応じて取り入れたのが辛さの調整だ。
注文をとる時に、辛めが好きと言った客にだけ、チリパウダーを加えている。
ルーを作るのに3時間、煮込むのに6時間かけるカレーは、当然売り切れる日もある。
それならば、他にもメニューを増やそうという考えはなく、フードメニューは今も昔も父から教わったカレーのみ。カレーがまだある時のみうどんも作る。
サイフォン式のコーヒーに使う豆は、戦前に創業したUCC上島珈琲のオリジナルブレンドを使っている。
この豆も、勝二郎さんが決めたものだ。
営業は昼の2時までだ。
伍郎さんが店を継いだ20年前は夕方まで開けていたが、ほどなくして時間を繰り上げた。
理由はある。「じつは3年前までヒマワリという犬を飼っていましてね。ヒマワリは19年と7か月生きたんですが、夕方はヒマワリの散歩に行かなきゃいけない。
だから昼に閉めることにしたんですよ」。
ヒマワリは京都市から長寿を称えられ、長寿犬の認定を受けている。
証書には「長年にわたって愛情を注ぎ、適正な飼養を実践した模範的な飼い主」とある。
愛情を長きにわたって注ぐのは伍郎さんの得意とするところだ。
店には創業当初からの客が今も訪れ、父親のカレーを介して細く長くあたたかな交流を続けている。
[文・構成/古都真由美 撮影/中塚政裕(からふね屋)]
京都市東山区東大路仁王門北門前町501
営業時間 7時~14時
定休日:日曜
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